ミランダはソファに腰を下ろし、手元の冷たい紅茶を見つめていた。窓の外は灰色の空が広がり、夕暮れが近づいている。彼女の隣に座る夫、明はスマホを片手に無言でスクロールを続けている。二人の間には深い溝ができていて、それが見えない壁となり、部屋全体を包み込んでいた。
明の浮気癖は結婚前から続いていた。彼女もそのことを知らないわけではなかったが、どこかで彼が変わることを信じてしまったのだ。信じたいというより、信じざるを得なかった。あのときの彼女は未来に何の保証もない若い女性で、明が差し出した手を拒む選択肢を持てなかったのかもしれない。
結婚生活の初期は穏やかだった。明の笑顔は暖かく、仕事から帰宅する彼を迎えるのがミランダの日常の喜びだった。しかし、浮気の噂が再び耳に入ったとき、その幸せは儚く消え去った。最初のうちは問い詰めることもあったが、明は常に保身に走った。
「そんなわけないだろう」
「仕事の付き合いだ」
「お前が思っているようなことはしていない」
彼の言い訳は型にはまっていて、それ以上追及しても虚しさが残るだけだった。それでもミランダは彼を許すことができなかった。許せないまま、彼女は自分自身を追い詰め、苦しみ続けた。その苦しみは次第に歪んだ形で明と彼の周囲の人々に向けられるようになっていった。
しかし、彼女の怒りは次第に別の形を取り始めた。ミランダは明の元恋人たちをSNSで見つけ出し、彼女たちに嫌がらせのメッセージを送ることにのめり込んでいった。彼女たちの投稿に嘲笑や挑発的なコメントを残し、時には匿名のアカウントで悪意あるうわさを広めることもあった。それがいつの間にか彼女の趣味のようになり、苦しみを忘れるための手段となっていた。
ある夜、明は彼女の行動に気づいた。ミランダのスマホ画面を偶然覗いた彼は、そこに映し出された嫌がらせの痕跡に言葉を失った。
「何やってるんだよ、これ……」
明の声は低く、抑えた怒りが滲んでいた。ミランダは一瞬ぎょっとしたが、すぐに開き直るように言った。
「私だけが苦しむなんておかしいでしょ。あんたが巻き起こした問題よ。どうして私だけが耐えなきゃいけないの?」
明は何も言い返せなかった。彼の罪悪感と自己防衛の壁が崩れる音が聞こえるようだった。しかし、それ以上に彼女の行動が彼を戦慄させた。ミランダの目には怒りと悲しみが入り混じり、もう元の彼女に戻れないことを示していた。
翌日、明は荷物をまとめ始めた。黙々と服をスーツケースに詰め込む彼を見ながら、ミランダは冷たい笑みを浮かべた。
「逃げるのね。結局、そうやって自分を守ることしかできない人なんだわ」
「お前のためでもあるんだ。これ以上お互いを壊し合いたくない」
明はそう言い残し、家を出ていった。部屋に残されたミランダはしばらく呆然と座り込んでいたが、やがてスマホを手に取り、再びSNSを開いた。
彼女の指が画面をスクロールし、新たな標的を探し始める。外の風が窓を叩き、冬の冷たさが部屋に忍び込んできた。ミランダはその寒さを感じることもなく、暗い執着の中に深く沈んでいった。
未来がどうなるのかは誰にもわからない。ただ、彼女の中で膨れ上がった孤独と怒りが、これからも誰かの生活を揺るがすことだけは確かだった。
今日はちょっと怖いお話を書きました。もしかしたら、ドキリとした女性もいらっしゃるかもしれません。すべての因は己にあり!です。