由美は朝のコーヒーを飲みながら、スマホの画面に視線を落としていた。自分のInstagramの通知欄には、見覚えのある名前が並んでいる。
――ミランダ。
元恋人・明の妻だ。由美は眉をひそめた。ミランダが由美の投稿を見ていることは分かっていた。いや、それだけではない。ミランダは何度も自分の投稿に反応し、それを明に報告しているらしいのだ。
「本当に暇なのね…」
そう呟くと、由美は苦笑した。明は結婚前から浮気を繰り返していた男だ。由美はその真実を知っているが、ミランダがそれを知らないとは思えなかった。少なくとも、結婚前に明が由美と関係を持っていた事実は、ミランダにも伝わっているはずだ。
由美は深呼吸してスマホを置いた。そして、自分の最近の投稿を振り返った。どれも、ただの日常のつぶやきだった。新しく買った観葉植物の写真、友人とカフェで撮った一枚、そして読んでいる本の表紙を写したもの。それらに何の問題があるのだろうか。
その時、再びスマホが振動した。通知欄を開くと、またミランダの足跡が残っていた。由美は画面をスクロールし、ため息をつく。
「執着しすぎよ、あの人…」
由美自身は、もう長い間、ミランダのInstagramを見ていなかった。興味がないのだ。それに比べて、ミランダの関心は過剰だった。由美のアカウントには毎日のようにミランダのアクセス記録が残る。
そんな中、由美はある日、ふとミランダの投稿を見ることにした。久しぶりに彼女のアカウントを開くと、そこには意外な内容が並んでいた。美しいインテリアや旅行の写真、そして家族との幸せそうな瞬間を切り取った投稿。それは表面的には完璧な家庭の姿を描いていた。
だが、一つ一つの投稿に添えられたキャプションには、微妙な違和感があった。「今日も明さんと幸せな時間を過ごせて感謝」「結婚生活って努力が大切ね」――まるで、自分に言い聞かせるような言葉ばかりだった。
由美は、ミランダの執拗な行動の裏に、何か別の理由があるのではないかと思い始めた。単なる嫉妬や敵意ではなく、もっと深い何か。
その夜、由美は久しぶりに一つの投稿を作成した。短い文章を添えた、星空の写真だった。
「執着から解放されると、本当に自由になれる気がする。」
投稿してすぐに、ミランダがその写真を見たことが通知で分かった。そして、予想外のことが起きた。ミランダからダイレクトメッセージが届いたのだ。
「あなたが私の投稿を見たこと、分かっています。あなたが言いたいことも分かる。でも、私だって簡単に忘れられない。」
由美はそのメッセージを読んで、しばらくスマホを握りしめた。ミランダの言葉には、怒りではなく、どこか悲しみと諦めが滲んでいた。
「どうして私に執着するの?」由美は返信した。「私がいなくても、あなたは幸せになれるはず。」
少しして、ミランダから再びメッセージが届いた。
「あなたの言う通りかもしれない。でも、私は明の過去をどうしても忘れられない。そして、その過去の中には、あなたがいる。」
由美はその言葉に、しばらく言葉を失った。ミランダはただ、明に裏切られた自分の記憶と戦っていたのだ。その痛みが、由美への執着に変わっていたのだろう。
由美はスマホを置き、窓の外を見た。夜空の星が輝いている。その輝きは、どこか遠く、手が届かない。
「解放されるのは、私だけじゃない。あなたも、いつかきっと。」
由美は心の中でそう呟き、静かに目を閉じた。
今日は「執着」がテーマ。「執着」にはそれぞれに深い思いがありますね。